東京高等裁判所 昭和59年(う)607号 判決
被告人 太田早苗
〔抄 録〕
ところで、爆発物取締罰則における「治安ヲ妨ケ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的」は、いわゆる目的犯における目的であり、主観的違法要素であるが、右の目的は、一定の行為をすることを目的とするものではなく、治安を妨げ、人の身体、財産を害するという結果の発生を目的とするものである。そして、右の目的があるとするためには、必ずしも右の結果の発生を意図、意欲することは必要ではなく、右の結果の発生を認識、認容することをもって足りるものと解するのが相当である。そしてまた、本件のように、治安を妨げ、人の財産を害することを第一の目的とし、意図して爆発物を製造、所持し、人の身体を害する結果が発生することをも未必的に認識し、これを認容していたような場合には、右の認識は未必的なものであっても、人の身体を害する目的があったものと認めるのが相当であると考えられる。けだし、右の認識は、将来の事態に対する予見を内容とするものであるから、爆発物の構造、威力の程度、使用の意図、使用方法等の如何によっては、爆発物製造、所持の段階で、前記のような結果の発生を未必的にしか認識し得ない場合が少なくないものと考えられ、このような場合においても、結果の発生を認容している以上、右の結果の発生を確定的に認識している場合と比較して、主観的違法要素としての違法性に法的評価の面で決定的差等を設けなければならないほどの実質的な差異はなく、また、結果発生については未必的認識をもって足りると解する方が爆発物の製造、所持の実態に適合するものと考えられるからである(東京高等裁判所昭和五六年七月二七日判決・刑集三四巻三号三三一頁参照)。所論指摘の判例・学説が結果発生についての確定的認識がある場合に限られるとするのは、爆発物取締罰則が重刑を科していることから厳格な解釈が必要であるとするもののようであるが、前記のように右認識が確定的と未必的とでは実質的に違法性の法的評価に決定的差異があると認められない以上、解釈上右のような限定を設けることの合理性には疑いがあるものといわざるを得ない。
(佐々木 竹田 中西)